| あなたへのメッセージ コンプレックスは、何のためにあるのか |
コンプレックスとは
今回は、ある方からの質問から発展して、
コンプレックスについて考えてみました。
コンプレックスのない人って、いないですよね。
きっとあなたも、一つや二つ、
人より劣っている、これではダメだ、と思っている事があるでしょう。
そして、努力してもそう簡単に克服できるものではないので、
苦しい辛い思いをしますよね。
この「コンプレックス」ですが、
実はとても大切なものなんです。
克服や努力ではなく(勿論それも大切です)
あなたをもっと上の次元に導くために、設定されているものです。
ここで言うコンプレックスとは、
自分がある分野で劣っていると感じていて、
それを受け入れていないものを言っています。
例えば「弱さ」にコンプレックスを持っているとします。
その人は、何かスポーツや武道をするかもしれません。
走り込みや腕立て伏せをするかもしれません。
強くなろうとして、克服しようとして様々な努力をするでしょう。
元々苦手な分野ですから、なかなか成果は上がらないかもしれません。
それでも必死で頑張って、多少能力が向上するかもしれません。
でも、どれほどやっても不安があります。
やはり自分は弱いのではないか…
こんな自分ではダメだ…
誰かにお墨付きをもらいたくなります。
段や資格を一生懸命とるかもしれません。
信頼する誰かに「あなたは強い」と言ってもらいたいために、
様々な努力をするかもしれません。
何かの時に、楽しみや喜び、達成感を味わうことはあっても、
それはつかの間のこと。
どれほど頑張っても、心の平安や自信は得られません。
そしてまた自分を責めます。
こんな弱くてはダメだ、情けない、なんでこんな事が出来ないのだ。
私は人よりも劣っている。まだまだダメだ。
「弱さ」に、様々な感情が絡んでいるのが特徴です。
そんなこと、ありますよね?
そして不思議な事に、コンプレックスには微妙な優越感がひっついています。
本当は自分はものすごく強いのだ、とか、
実はこの地球を救うのは自分なのだ、とか…
よ〜くご自分を観察してください。
きっと、どこかに優越感が絡まっています。
コンプレックスを克服しようとしても、安心も幸せも手に入らない
たしか、アーノルドシュワルツネッカーだったかな、と思うのですが、
ちょっと記憶が確かではありませんので、間違っていたらごめんなさい。
筋肉のトレーニングをして、鍛えて鍛えて、鍛えて鍛えて、
まあ、大スターになったわけですが、
筋肉が強くなりすぎて、神経を圧迫してしまい、強烈な痛みに襲われたのだとか。
そしてそれはもう打つ手がなくて、
神経がダメになってしまうのを食い止めることは出来ないのだとかどうだとか…
かなり怪しい記憶でごめんなさい。
でも、これはとても象徴的な出来事だと思いました。
なんのために鍛えるかと言うと、外からの攻撃から自分を守るため、
外敵との戦いに勝つためですね。
しかし、やりすぎてしまうと、それは自分自身を攻撃するようになる…
自分や大切な誰かを守るために鍛えたはずの筋肉が、
自分を攻撃するようになる…
なぜそこまでしてしまうのかと言うと、
どれほど鍛えても鍛えても、そこに安心も自分への信頼も見つけることが出来ないからです。
自分の弱さにコンプレックスのない人は、こんなに筋肉を鍛えたりしません。
やりすぎてしまうのは、そこに恐怖があるからです。
何度も書いていますが、ほとんどの恐怖は、エゴ様の妄想です。
エゴ様は暴走する性質がありますから、エゴ様から送られてくる妄想の恐怖も、暴走します。
現実にはどこにもいない敵と、戦い続けている姿です。
というか、仮想の敵をいつも妄想していると、その通りのエネルギーを引きつけるので、
そういう体験をするようになるとは思いますが。
そうすると、ますますリアルに自分の恐怖の世界を信じてしまうでしょう。
コンプレックスから出た努力は、どれほど積み重ねても、
本当の、内なる源泉から来る安心感や自己信頼、愛や優しさに結びつくことはありません。
ただ、底なしの恐怖に追い立てられて、
限りなく限りなく走り続けて、自滅します。
自分のコンプレックスを、事実として受け入れるまで、それは続きます。
コンプレックスを克服しようとする道のりは、遠く険しく実りの少ない道です。
コンプレックスと戦うほど、あなたの人生は長くありません。
【 ポイント 】
コンプレックスと戦うのは、エネルギーの浪費です。
どれほど努力しても、心の安らぎも安定も自信も得られません。
変えることの出来ない物は、受け入れるしかない
人は必ずどこかに「弱さ」を抱えています。
弱さのない人間など、どこにも存在しません。
誰も自分の「弱さ」を捨てることはできません。
受け入れるしかないのです。
でしょう?
変えることの出来ない物は、受け入れるしかありません。
あなたが自分の弱さを受け入れたとしたら、その時、
地球の地軸が元に戻ったりしません。
氷河期に突入して、全人類が凍りついたりしません。
太陽が西から昇ったりもしません。
ウエストが10センチ太くなったりもしないし、
いきなり無一文になることもありません。
世界は何も変わりません。
誰も困る人はいません。
いいですか。
世界は何も変わりません。
誰も困る人はいません。
それどころか、いい事が沢山待っています。
コンプレックスを抱えている間は、
つまり自分の劣っている部分を受容できない間は、
その事を連想するたびに、感情のジェットコースターに乗りまくり、
疲れ果てて多大なエネルギーをロスします。
まわりにいる人をも巻き込んで、大暴れをする人もいるかもしれませんね。
自分の劣っている部分を受容してしまうと、
それに触れる事があっても、感情がほとんど動きません。
感情のジェットコースターに、乗らなくなります。
ただ、「自分は弱いのだから、今の自分が出来る事をしよう」と思うでしょう。
ただそれだけです。
弱さに抵抗したり、隠したり、比較したり、自分いじめをしたり、
無駄な努力をしたりすることが、どんどん減ってきます。
弱くても、ちゃんと楽しく生きていける事が分かります。
周りの友人や家族たちとの関係が、格段に楽になります。゜
どんなに努力しても得られなかった「自信」「安心」「自己信頼」が手に入ります。
それはあなたに必要だから、準備してきました
この事も何度も書いていますが、
私たちは、生まれてくる時にかなりの事を計画していて、
今回の人生で何を学びたいのか、何をしたいのかを考え、
それに必要な完璧なシチュエーションと、アーキタイプ・元型を準備します。
弱さもアーキタイプと考えてよいのかどうか、
ちょっと私は今、判断に困るのですが、
でも、どちらにしろ「弱さ」も私たちが何かを学ぶために設定してきたものです。
あらゆる分野で弱い、などという事も不可能ですから、
何かポイントになる分野の「弱さ」を私たちは設定したんです。
病気がち、筋肉の弱さ、ストレスの弱さ、計算力の弱さ……
それは、今までのカルマを解消するためかもしれないし、
弱さを受け入れる、という学びのためかもしれないし、
誰かの気づきに貢献するためかもしれないし、
理由は様々でしょう。
とにかく、何か必要があって、あなたの弱さはあります。
そしてこれは保証してもいいですが、
108回音読する元型を使って、あなたが自分を見つめる作業をしてゆくと、
その弱さのおかげで、あなたがどれほど守られてきたか、
どれほど助けられてきたか、
という事に気づいてゆくでしょう。
というわけで、エクササイズです
あなたの気づいているコンプレックス・劣等感・欠点をリストアップします。
箇条書きで、沢山書きましょう。
これではダメだ、と思っている事のリストです。
それは、変えようのない物です。
あなたがそれを受け入れるのを、あなたの内なる源泉は待ち望んでいます。
欠点や劣っている所は、努力して克服すべきだ。
って、思っていませんか?
努力は、その事が「変え得るものか、変え得ないものか」を区別するために、
したほうがいいと思います。
誰かに依存したいために、わざと弱さを使う、などという高度なテクニックもありますが、
それはまた別の機会にしましょう。
努力というエネルギーは、コンプレックスの克服のためではなく、
コンプレックスの受容のために使ってください。
そして書き出したリストを見て、
あなたがそれを事実として受け入れたとしたら…
何も困ることはないのだ、という事を確認しましょう。
あなたはイヤかもしれないし、我慢できないかもしれない。
きっとさんざん抵抗するでしょう。
でも、ちゃんと生きてゆけます。
大丈夫です。
別のいい方をすると、私たちはコンプレックスと向き合い、
それを受容することで成長し、自分の枠を広げてゆきます。
コンプレックスを受容するたびに、器が広がり、魂がレベルアップします。
そして「最も低きものから、至高のものが生まれ出る」のです。
【 今日の結論 】
コンプレックスは、受容するためにある。
受容できると、そこに「自信」「安心」「自己信頼」があることに気づける。
▼ コンプレックスと戦うのではなく、受容するたにめに ▼
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