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 あなたへのメッセージ  幸せってなあに?


私の大切な友人のMさんは、ここの所ずっと、
とても辛い精神状態だったのですが、
最近はほっとする暖かいメールがもらえるようになりました(*'‐'*) ウフフフ♪
当たり前の日常生活の中に、幸せを感じているのだそうです。


実は私も似たような体験をしました。
大嫌いな掃除が、苦痛ではなくなりました。
編集後記にもちょっと書いたことがあるのですが、
床の拭き掃除を一日に何度となくしながら、
とても幸せな感覚を味わっています。



幸せというものは、自分とは無縁だと思っていた子供時代、
幸せなどなくても、十分に生きていけると思っていた青年時代、
幸せになる事を人生の目的にしてはいけないと感じていた子育て時代、
そんな時期を通り過ぎて、
今はただ、夢も希望もなく、今のままで十二分に満たされていると感じています。


こんな感覚に至ったのは、振り返ってみると、
先月末に両親が大阪に遊びに来た時の「気づき」から始まっています。


その事を振り返りながら、「幸せ」というものを少し考えてみました。



母のこと


あちこちに少しづつ書いているので、ご存じの方も多いと思いますが、
おつきあい下さい。


5月の末に、両親に大阪に遊びに来てもらう、という年に一度の大イベントがありました。
その時の話は、面白い事がたくさんあったのですが、
今回は母の事です。


私は数年前までは、随分母を恨んでいました。
それは、子供時代に母が、私を父から守ってくれなかったからです。
母は、どんな時でも父の見方で、
父のあまりの自己中ぶりをたしなめることはあっても、
母の小さな声は父には届かず、
「しかたないんだよ。お父さんが好きに出来るのは家庭しかないんだから…」
と言っていました。


私にとっては家庭での父がトラウマでしたから、
父を止めてくれない母は、共犯者でした。
私にとっては「しかたがない」などという言葉で収まるようなものでは、ありませんでした。


反面、父が私を非常に可愛がってくれたことも事実ですが、
母が父と私の関係に焼き餅を焼くことも皆無でした。
それは子供心にも不思議でした。


今回、母の表情や行動、言葉を観察していて、
ああ、母は「召使い」の元型を生きているんだ、
とリアルに感じられました。

実は元型の中には「召使い」というものがあるんです。

母は常に父の言動や体調に気遣い、予想し、父中心に振る舞います。
徹底的にそれをします。
母の人生には父しかいません。


私はそういう母を見ていて、
今まではそれは「共依存だ」と思っていました。
母は父と別れたら経済的にやっていけないから、離婚しなかったんだ。
母は自立できなかった人なんだ。

そう思っていました。

が、今回母の父に対する気遣いやサポートの仕方を見ていて、
母がうつむきながらほほえむ横顔を見ていて、
阪神大震災のような衝撃が走りました。

母は幸せなんだ、という事が分かったんです。

母は、父という主人を得て、父の「召使い」を徹底的にして、
それが母の幸せなんだ、という事がとてもよく分かりました。


それまでの私は、人は成長して自立に向かうもので、そうデザインされていると信じていたし、
共依存から抜けられないなんて、地獄だと思っていたんです。


そうではなく、母は自分に与えられた元型を十分に生きただけだったんです。
共依存だろうが、自立できていなかろうが関係なく、
母は自分の「召使い元型」をひたすら生きた人でした。
それが母の幸せなのでした。

「母」という元型もあるのですが、
母は「母元型」はあまり生きませんでした(^_^;)。
ただ、それだけだったんです。


私を可愛がる父に、母が嫉妬しなかったのは、
母にとっては主人である父が嬉しそうにしていれば、それが全てだったのでしょう。
「召使い」という元型は、そういうものなんです。



 精一杯生きること


今までも私は、自立しなくてもいい、共依存のままでもいい、と言ってきましたが、
心の片隅には、人間はやはり自立して共依存から共生に向かうべきだ、
という気持ちがまだ残っていました。
人間は、成長するために生まれてきたのだから、と。


母のあの笑顔を見ていて、そんな思いは吹っ飛んでしまいました。
与えられた人生を精一杯生きて、
与えられた元型を精一杯生きる。


それはある人にとっては共依存の一生かもしれないし、
ある人にとっては、自立の一生かもしれない。
ある人は病気の苦しみの一生かもしれないし、
ある人は競争に明け暮れる人生かもしれない。
光の世界で、私たちは本当に個性的な人生をデザインしてくるんですね。

ただ、与えられた命を十分に生きて、生き抜くことが尊いのですね。
私は今まで「成長する」という意味を狭くとらえていたようです。



この気づきを得てから、様々な気づきと変化が怒濤のようにやってきたのですが、
それはまた別の機会に。


というわけで「幸せ」について、ちょっと整理してみました。

 

 持つ・所有することの幸せ


欲しい物が買えたり、プレゼントをもらったりするのは嬉しいものですね。
大好きな物、愛おしい物たちに囲まれて暮らせるのは幸せです。
そして、きれい事を言ってみても、やはり私はお金が大好きだし、
欲しい物は必ず手に入れます。


そして中庸ほど難しい物はありません。
私たちの欲望は際限なく膨らんだりするわけですが、
その根っこにあるのは「恐怖」です。


人類史的には、ほんの少し前まで、私たちにとっての一番の課題は「生存」でした。
今でもこの地球上で、それがテーマになっている人達がいますが。


 今日食べるものがあるのか、
 明日食べられるのか、
 外敵に襲われないか、
 安全に眠れる場所はあるのか、


というような、生存に直接関わるような恐怖や、
衣食住の基本的な安全・安心に関わるもので、
少し前までの私たちは、常にこういったものに不安を抱えていました。


その記憶が遺伝子の中に組み込まれているのでしょうね、
こんなに安全で安心な社会になったのに、
私たちは安心しきることは出来ないんですね。
ああなったらどうしよう…
こうなったらどうしよう…と、
無限に不安・恐怖を生み出し続けています。


だからあなたは「貯金」をし「保険」にお金を払うのですよね。
安全保障が欲しいんですよね。

そしてさらに、自分にぴったりのパートナーが欲しいし、
パワー・力が欲しいですよね。


そういったものを求めるのは、当然だし自然なことです。
お金があれば、必要なものが買えるし、いざという時に困らないし、
パートナーがいれば、寂しくないし、
パワー・力があれば、自分や大切な人を守ることが出来ます。



でもこの段階に留まっていると、決して本当の満足はありません。
欲しい物を手に入れた時の、一時の満足感はあるものの、
それでも心に開いた穴を埋めることはできないでしょう。


  もっともっとお金を、
  もっともっと力を、
  もっともっと有名に、


この段階だけに留まり続けると、過剰に求めて過剰に手に入れ、
そして決して満たされない、という事になります。



でも、私たちはここから始めます。
働ける人はしっかりと働いてお金を貯めて、
欲しい物を手に入れましょう。


貯金、家、服、車、カメラ、本、宝石…
十分に「もつ」体験をして、次に進みましょう。
欲しい物を手に入れる幸せを、十分に味わってください。




 やる・行動することの幸せ

基本的な安全を確保すると、次は
何かをすること、出来る事がテーマになります。

自分の持てる力を発揮できるのは、本当に幸せな事ですね。
自分にはどんな能力があるのか、
何に向いているのか、何が出来るのか、とても気になります。

だから様々な勉強をしたり、資格を取ったりします。
何かが出来る人になること、
それで誰かの役に立てる事は、本当に幸せなことです。


この段階から、私たちは自分の感情や思考に注意を払い始めますし、
精神性を磨いてゆこうとするのも、ここからです。


ただ、


  何かが出来る人でなければ許されない、
  一番でなければ愛されない、
  ○○の資格を取らなければ、存在価値がない、
  誰かに認めてもらわなければ安心できない…


と思いこんでしまうと、地獄ですね。

自分にムチ打って、やりたくない事もやり、イヤな人にもニコニコし、
誰かに認めてもらうために、必死で何かをしなければならなくなります。



「もつ」も「やる」の分野も、努力すればある程度叶いますから、
私たちは辛い努力を続ける事になったりします。


でも、十分に行動してください。
欲しい資格は頑張って取りましょう。
トレーニングやエクササイズに励みましょう。
誰かに認めてもらえるように、せっせと頑張りましょう。


ここも通過点ですが、ただ通り過ぎるのではなくて十分に体験しつくしてください。




 ある・存在することの幸せ

朝起きて顔を洗い、家族を送り出す。
掃除をして、洗濯して、植木に水をあげる…普通の日常生活は、幸せに溢れていますね。

でも、当たり前の事を心から愛し、幸せを感じるのはそう簡単ではなかったりします。


この、瞬間瞬間の幸せに気づくには、
「もつ」「やる」の段階からの量子力学的飛躍が必要です。
「ある・存在」のレベルへは、ただ「気づき」だけが導いてくれます。



この「ある・存在」する次元には「ないもの」があります。


  努力が必要ない
  目標もない
  能力も必要ない、
  夢がない
  希望もない
  幸せの根拠もない


です。
そして


  借金苦があっても、
  不治の病を得ていても、
  大切な人が去っていっても、
  耐え難い苦痛のさなかにあったとしても、


気づきの導きによって、この「幸せ」に到達することが可能です。


ただ、今の瞬間に溢れている愛や豊かさを受け取っているだけなので、
何の努力も必要ありません。
この状態を目標にして努力しても、おそらく得られないでしょう。
たった今が十分に満たされていることに気づくと、
夢や希望を暖めて未来にエネルギーを送り出すこともありません。

何も持たなくても、何も出来なくても、証拠も根拠もなく、
ただただ幸せでいることができます。



間違えやすいのは、
いわゆる人もうらやむような生活をしていた人が、何かの理由でそれを失い、失意の中にいるのを見たりして、

うちには遺産相続でもめるような財産がなくてよかった。
普通の人生でよかった。

と思うようなものは「もつ」の段階で、ここのレベルの話ではありません。


たった今、溢れている「幸せ」に気づくために


人が得ることのできる幸せは、この順番で成長してゆきます。
「もつ」から「やる」に重心が移っても、「もつ」幸せは消えないし、
「やる」から「ある」に重心が移っても、「もつ」幸せも「やる」幸せも消えません。

「ある」ことの幸せを少しでも体験できるようになると、
過剰に「もつ」ことも、過剰に「やる」こともバカらしくなりますから、
暴走することはなくなります。


清貧がいい人は清貧を楽しめばいいし、
物質的豊かさや、行動することが大好きな人は、それを続けるでしょう。
重心が「ある」ことに移っていれば、それを心から楽しめるでしょう。


ただ、「もつ」も「やる」も努力で達成できる分野ですが、
「ある」の世界は、努力して目標をたてて得られるものではありません。

「気づき」だけが、「ある・存在」の扉を開いてくれます。


たった今、あなたの人生に溢れている「豊かさ」「愛」「幸せ」に気づくのを止めているのは、
あなたの「元型の影・闇」です。
それがあなたの気づきの光を曇らせています。


その「元型の影・闇」に光をあててしまうと、
あなたはもっと自分の感覚にクリアーになり、
気づきの扉を開くのがもっと簡単になります。



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