こころの相談室・生きにくさを感じているあなた、大切な人をサポートしたいあなたのために
こころの露天風呂

エナジー心理学〜こころの露天風呂

こころの露天風呂のTOP
 
あなたへのメッセージ
 月曜メルマガ集です
セミナー・ワークショップ
 セミナーのご案内
 セミナーの体験談集
 108回の体験談集
スペース
個人セッション
 カウンセリング
 メールdeカウンセリング
相談事例集
 
企業研修
 
言葉の意味
 
自習室
スペース
アツコ連載
 
統合失調症研究会
 
いずみん語録
 
取材・講演依頼
 
 
 




 あなたへのメッセージ  やわらかな家族


あなたは何人家族ですか?
核家族で夫婦と一人か二人の子供がいる、という家庭が基本で、
離婚して片親だったり、
両親が同居していたり、
結婚前に一人暮らしをしていたり、
というバラエティが多少あるのが最近の傾向ですね。

ところで普通、独身の方は「愛する人と巡り会って結婚したい」と思いますよね。
それは当然の事と感じませんか?
でもそれは歴史的に見ると、ごく最近のことなのです。

よく「恋愛と結婚は別だ」と言いますよね。
ある意味、それは正解なんじゃないかと思います。

結婚の基本が「愛」になったのは、太平洋戦争以降です。
それ以前には、親が決めた相手と結婚するのも当たり前の事でした。
「家」の都合や「縁」「経済」「政治」の都合で結婚相手が決まったりしました。

思春期の頃の私はそれを「なんてひどい時代だったんだろう」と思っていました。
愛していない相手にご飯を作ったり子供を産んだりするのなんて、
考えられませんでした。

でもそういう私の考え方も、歴史的に見るとごく最近の傾向にすぎないんですね。

敗戦以前の家庭は、女中さんや書生、使用人などが一緒に暮らしているのは普通でした。
母の実家は少し大きな農家だったのですが、子供時代には血縁以外の人たちがいつも沢山一緒に暮らしていたそうです。
家とか仕事とかを中心にした集団だったのですね。

現代、家族は崩壊している

高度経済成長をきっかけに、都会を中心に核家族というものが生まれました。
そして女性が自由に仕事を持てる時代になったのですが、

核家族という形がもう、うまく機能していないのは明白です。
で、考えました。
家族や夫婦は「愛」を中心にしなくてもいいのではないか。
今の私たちは「愛」にこだわり過ぎているのではないか。

別の方向から考えると、
神の前で永遠の愛を誓うのは、愛があまりにもあっけなく崩れ去るのを知っているからですね。
永遠の愛が当たり前に可能なら、誓う必要などどこにもないです。
若い時代の愛はほとんどが単なる妄想ですから、現実が見えてくると冷めてしまいます。

生物学的にも愛は4年で終わるのが自然で、文化・風習・宗教に関係なく共通して4年目の離婚が圧倒的に多いのです。
それ以降も続いている夫婦は、「愛」以外のもの、つまり「情」や「便利」や「惰性」を中心に家族を維持させることに成功しているのだと思います。

このあたりの事を詳しくしりたい人は、

  愛はなぜ終わるのか―結婚・不倫・離婚の自然史 ヘレン・E・フィッシャー

をどうぞ。

核家族が当たり前になり、不在がちな父親に変わって男性化した母親が、狭い価値観と不安の中で少ない子供を育ててきた。
それが相当無理なことだ、というのは説明するまでもないですよね。

そしてもう一つ気になっているのは、セックスレスの夫婦の増加です。
それに気づいた時期には、なんとかならないものかと思ったのですが、
よく観察してみるとセックスレスだからこそ、なんとか家族として成り立っている場合が多いように思います。
と思うと、それはそれでいいのかもしれません。

 

これからは

これからは、「縁」のある人たちがある時期一緒に暮らすようになると思います。
ただ一緒に暮らしたい人たちが集まる。
そんな、「ゆるやかな家族」が実現していくでしょう。

子供はある時期は母親と暮らし、ある時期は父親と暮らし、
ある時期は縁のある人たちと暮らす。

同性愛者も、病気や障害のある人もごく普通に、「縁」ある集団の中で助け合いながら生きてゆく。

一人で暮らしたい時には一人暮らしをして、
誰かと暮らしたい時には誰かと暮らし、
沢山の人たちと暮らしたい時には、そういうグループに入る。

身体や脳や心に障害のある人は、自分が出来ないことと出来る事をハッキリさせて、周りの人たちに伝えておく。
高齢者で介護が必要な人も、本人が出来ないことと出来る事をハッキリさせて、周りの人たちに伝えておく。
夜中に俳諧する老人には、昼夜逆転している若者がサポートにつく。
隠さなければならない事は、何もない。
病気や障害そのものが尊敬され愛される。

難しい病気を得た人が家族にいると、
介護する人は「私が先に死ぬわけにはいなかい」とか、
「私が死んだ後、この人をどうしたらいいのか」とか悩むのですが、
本当はそんな心配は無用なんです。

「レスキュー」「ヒーラー」「サーバンド」などの元型を持った人が沢山いるのですから、そういう人のお世話をしたい、という人が必ずいます。
そして一人が全ての責任を背負ってしまうのではなくて、
Aさんは食事の分野、Bさんは話し相手〜カウンセリングの分野、
Cさんは運動〜リハビリの分野、Dさんは全体を見てコーディネイトする、
というように、それぞれがやりたい事得意なことをしていきます。

介護が必要な人も、だから何もできないわけではなく、
出来る事を出来る範囲でやればいいんです。
誰かの世話になる、という事がその「誰か」に大きく貢献しているのはよくあることですね。特に子供たちには、人は誰かの世話になってもいいし、誰かを世話させてもらうことは喜びだ、という姿を見せておきたい物です。

 

産みの親が子供を私物化しないのも、大切です。
育ての親は、何人いてもいいと思います。
それぞれの価値観や世界観も違うでしょうから、子供は小さい時期から多様性を当たり前の事として体験してゆくでしょう。
在る程度の年齢になると、子供が育ての親を指名するのも面白いですね。
それはいつでも変えられる。
大人たちも、その子の育ての親になりたければ立候補する。

思春期や何か問題が起きた時には、
産みの親か育ての親か、その人をサポートするのに一番ふさわしい人たちが集まって家族を形成してすごします。
問題が落ち着いてきたら、まだ一緒にいたい人は一緒にいるし、
他のグループに行きたい人はそうすればいいですね。

恋愛で熱く燃えている時には、恋人同士は二人で暮らし、
愛が冷めたら「情」や「便利」を選んでもいいし、別の相手を選んでもいい。

何かを徹底的に学びたいなら、師匠に弟子入りして寝食を共にする。
一人引きこもって内側にある何かを熟成する時期もあるでしょう。

 

こんな暮らし方の時代がくるな、と私はかなり本気で考えています。

 

コミュニティ 大きな視点

これまでにも、様々な国で様々なコミュニティの試みがなされ、
失敗して崩壊したものもあるし、細々と存続し続けているものもあります。

21世紀は、風通しのいいオープンな柔らかいコミュニティが、
世界中のあちこちに出来てゆくのではないか、
と思います。

その地域や文化の特性にあわせて、農業や漁業などをベースにするコミュニティもあり、
手仕事や物作りをベースにするコミュニティもあり、
コンピューターは各地域を網羅しつつ、どこにいても誰でも利用できるのは当たり前ですね。

 

今、地球規模でエネルギーのシフトが起きていますから、
今までのエゴを中心にした社会は、崩壊してゆきます。
表面的な利害損得ではない、深い繋がりの感覚から人間関係を作ることが出来るようになります。

それはまず、私たちの心の内側から始まります。
内側からの小さな変化が、ゆるぎない確かなものとして芽吹き、
それが個人の生き方を変え、人間関係を変え、家族のあり方を変え、
会社の組織や、地域社会や、政治、教育、法律などを変えてゆくでしょう。
当然、国境はなくなります。

ユートピアが実現するとは考えていません。
貧困も、病気も、争いも、しばらくはあるでしょう。
ただ、私たちは今まで以上にそこから学べるはずです。
「苦」や「違い」や「病」を大切にし、尊敬できるようになります。

ゆるやかな家族の時代は、もうそこまでやってきています

随分前から学校では、クラスの半数は片親が当たり前になりつつありますし、
夫婦か別れた後も、子供の成長のためには協力を惜しまない人も多いです。

同性愛者だという事を隠さずにいる人も増えています。
少し前までは非常に恐れられていた脳の障害も、
様々な治療法が開発され、出来ない事をそのまま受け入れて生きられるようになりました。
私たちの社会は、沢山のニートを受容してやっていける程に豊かです。

この小さな、しかし大きな変化の波に乗るポイントは、
エゴ様とうまく付き合ってゆけるようになり、
「恐怖」からではなく「愛」から動けるようになることです。

人の心の中の「恐怖」に振り回されるから、必要以上に働いたり必要以上にため込んだり、
他人と自分を比較して劣等感にさいなまれたりするんですね。
「恐怖」にとらわれずに「愛」で行動できれば、私たちは自ずと中庸をわきまえて、
自分も他人も大切にすることができます。

私が予想しているコミュニティは「恐怖」に支配されずに、
「愛」から行動できる人たちが作ってゆくでしょう。
恐怖にとらわれなければ、私が上に書いたような事が自然にできるようになるでしょう。

次の時代にすべらかに移行してゆくためには、心の大掃除が必須です。
「恐怖」や「心配」に支配されるのではなく、
あなたの心の中心にある「愛」から動けるようになるために、
108回音読する元型を、もっともっと使ってください。



 メールをいただきました


あつこさんから


いずみさん、あつこです。

今回の 「やわらかな家族」 とても感動しました。
わが意を得たり!という感じです(笑

うちは離婚して子どもたちを一人ずつ分担しているのですが、
親権と養育権は互い違いに設定しており、二人の共通責任で
二人を育てていこうねというのが共通した考えでした。

元夫は再婚し、現在の奥さんになった人にも子どもが二人います。
で、私たちはみんな、とてもうまくいっているんです。
彼女の子と私たちの子、兄弟が4人に増え、仲良く行き来しています。
むこうとこっちでダブルファミリーだね、なんていってるんです。

子どものこと以外にも、私は元夫より彼女と連絡とりあう方が多いです。
なぜか私たち、仲がいいんです。なかなか信じてもらえないんですが・・・
尊敬しあっているし、好きだと思う、お互いに。
私は彼女には感謝しています、本当に。。




CNさんから

いずみさんの言う「やわらかな家族」、
これ、すごい納得がいきます。
なので、思わずメールしちゃってます。

そもそも、人って誰の所有物でもないのに、
親と言うのは特にその欲が強くなるようですね。
私はまだ生み育ててはいないので、強くは言えないのですが、
親として出来ることと、所有物にしてしまいそうな自分の中にある欲を混同しないようにって
ずっと思ってます。
その方がずーっと楽ですよね、親も子も。

旦那ともよくそういう話をします。
中学生ぐらいで「海外にいく!」とか行って
飛び出すぐらいの子供になってほしいねぇ〜なんて話したり(笑)



CIさんから


いずみさん、こんにちは!

今日のメルマガにはやられました〜(笑)

‘よく「恋愛と結婚は別だ」と言いますよね。
ある意味、それは正解なんじゃないかと思います。’

って、いずみさんが書かれているのを読んで ガ〜ンとショックを受けるのと同時に ものすごい抵抗を感じました。

そして その後で一人で爆笑!!!

私ってば、まだ結婚に対して夢見る夢子ちゃんなんだ〜って(笑)

現実ってそんなものじゃない、って自分の両親や周りを見て知っているのに 私はそんな結婚はしないわ!って頑なに思ってる自分がいるんですよ〜(笑)

もう、ここまでくると かわいいにも程があるから 天然記念物としてこの気持ちは大事に保管しておきます(笑)
『乙女な私』とでもラベルを貼ればいいかな?(笑)

さてさて、ショックと抵抗を引きずりつつ最後まで読んで納得しました。

納得というと表現は適切じゃないけど腹に落ちるというか私も全ての人と家族でいたい、全ては一つなんだって思いました。
そして、その家族という形は今までの固定観念をとりはずした新しい形の家族なんだと。

本当に国境なんてなくなりますね。

国境がなくなり、地方という境もなくなり、人間同士の境もなくなり 全てが一つなんだよ〜ってとこまで行けたらすごく幸せだな〜♪

それには本当の意味での愛が必要ですね。
って書いてる自分は本当の愛が何かは漠然としか感じていないけど。

でも、この漠然としたものを いずみさんは文章にできるんですよね!
すごいです!!!
そして その文章を読む機会を与えられてる自分がすごいです!!!(笑)

いろんな愛の形があっていい、いろんな愛の表現があっていい、ただ そこに恐怖は必要ない。
まだ私は恐怖から動いてしまっている部分があるけど それを認め その思いを大切に愛しんでいきたいな。
その恐怖が愛に変換するまで大切に愛しみたい。。。

きっと来月のホ・オポノポノのセミナーは そのヒントをいっぱい私に教えてくれるんだろうな♪

なんか文章がまとまらなくて ごめんなさい。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
いずみさんの広い視野に感謝です!!




 
   

TOP  SHOP エナジー心理学 お気楽天使 不思議ステキ物語 身体・心・魂 ミュージアム

Privacy & Copyright (C) 2006 Fukumoto-Izumi.com All Rights Reserved.
当サイトで使用しているコンテンツ、画像、体験談、文章、リンク先などの「情報」の無断コピーおよび使用は禁止です。
著作権は、「フェアリーブルー」が有しています。