実は先週の「やわらかな家族」は、
その前に東京で受けたフォトリーディング中級の講座で知り合ったHさんと、
いろんなお話をしたのがきっかけで書きました。
なので、「あのお話の後に、こんなメルマガを書きました」
と報告したら、更に深いメールをいただいて、
私は思わず涙がこぼれました。
何とも言えない暖かい幸せな感覚に満たされました。
そのメール、掲載許可を頂いたので、こちらをご覧ください。

Hさん(48才)からのメール
福本 様
早速のメールありがとうございます。
しばらく出張していたので、お返事が遅くなりました。
ごめんなさいね。
メルマガ読ませていただきました。
福本さんの”未来”の思いが、とてもよく伝わってきましたよ。
そう、先取りした未来の福本さんが、
今の福本さんに伝えたい思い
それがコトバになっているような気がしました。
フォトリーディングセミナーの会場で、福本さんとお話した前日に、
元妻からメールが入りました。
内容は、職場の同僚(女性)が、
重度の鬱で入院している夫の世話をせず、
(顔を見ると、自分が鬱になりそうなので、病院へ行かないとか)
受験期の子どもたちの面倒を見ていることに、
違和感を覚えている、というもの。
この女性は、夫にはもう愛情は全く感じず、いっしょにいて鬱陶しいだけなのに、
子どもたちのために別れられない、
と言っているそうです。
元妻は、
”夫婦である、ことより、仲良しであることのほうがずっといい
お父さん(僕のことですね)とは仲良しでいられて良かった”
というコトバでメールを締めくくっていました。
そうですね。
僕もそう思います。
ただ、”仲良しである”ためには、
ある、とても大事なことがあると思います。

さびしい風景
何年前でしょうか、まだ勤め人だったころ、
もう離婚して独り身の僕は、
転勤先の札幌で一人暮らしをしていました。
札チョン族というコトバがあります。
札幌に単身赴任している勤め人たちが、
自由を謳歌している様を皮肉ったコトバです。
でも札チョン族になるためには、
自分の帰りを待っている、家族やパートナーがいる、ことが必要なようです。
僕も、仕事と趣味を兼ねて?
初めのころは、
夜な夜なすすきのに繰り出しました。
でもうつうつとして楽しまないんですね。
部屋に戻ると、子どもたちのことが思い浮かびます。
眠れぬ中、寝返りを打ちながら、
あーっ自分は一人なんだなあ、と感じる日々が
随分と続きました。
そんなある日
本当にいたたまれなくて、悶々としていた夜、
ふと昔読んだある漫画の情景が思い浮かびました。
その漫画の題は確か『さびしい風景』。
あひるを抱いて寒空の下、ぽつんと一人で悄然としている女の子の姿を、
繰返し夢に見る女子大生の話でした。
その女子大生は、美人なのに歯に衣きせぬ物言いをするので、
男子学生から煙たがられていて、
なかなか彼氏が出来ない。
それを見かねた友人のブスだけど気のいい女の子が、
いろいろと友達を紹介するのだけどうまくいかない、
そんな中、その友人が”あいつは遊び人だからだめ”と決して会わせなかった男の子
に、
その型破りさに魅せられて、主人公が惹かれていく。
そして・・・というたわいない話です。
結局遊び人の男と主人公が互いに惹かれあっていったため、
友人のブスで気のいい女の子が一人残される。
そして、夢の中の一人ぼっちの女の子の顔が、
自分ではなく、その友人であることに気づいた時、
その風景が救いようのない寂しさであることを思い知ります。
で、何の話だったかというと、
自分の寂しさは、他者の寂しさほどではない
とわかるとき、少なくとも自分の寂しさは克服できる
というお話でした。

消えた寂しさ
僕は、その話を思い出した時
今同じ眠れぬ辛さを、元妻が味わっていたかもしれない
と思い至りました。
そして、そんな思いを彼女にさせなくてよかった、
と思った瞬間に、自分の中の寂しさは、すーっと潮が引くように消えていったのです。
そうすると、不思議なもので、
女手一つで、必死に働き、必死に子どもを育てている元妻への
感謝と尊敬の思いがこみ上げてきて、
思わず寝床の中で、ありがとうとつぶやいていました。
あとは本当に久しぶりに静かな眠りに入れたことを、
今でもよく覚えています。

人が本当にほしいもの
人間は、本当に自分の欲しいものは、
それを他者に贈与することでしか、
手に入れることができない、
これは、構造主義を確立した文化人類学者 レヴィ・ストロースの「贈与論」の
最も基本的な構想です。
人が本当にほしいもの
それは、
他者からの”敬意(レスペクト)”である
と僕は思っています。
人は他者からのレスペクトを受け取っていなければ
どんどんやせ細っていくのではないか。
それなしでは生きられないのではないか。
そして
他者へ心からのレスペクトを贈れない人は、
他者からレスペクトをもらうことができない。
人は一人では生きていけない
と古より語られてきたのは、
物理的手助けという意味以上に、
レスペクトの交換という心の栄養のないところでは、
人は生きていけない
という単純な事実を表明したものである気がしています。
僕は、
元妻に、”あなたのおかげで子どもたちが育ってくれたよ、ありがとう”
という心からのレスペクトを贈れたことで、
”あなた(僕です)のおかげで、さびしい思いをしなくてすんでるよ、ありがとう”
という(無言の)メッセージを受け取ることができました。
それが、僕の誇りとなって、解決できない寂しさを乗り越えることができた と思っ
ています。
すみません。
つい取り留めのないことを書き連ねてしまいました。
まあ、さらっと流してくださいね。
これからもよろしくお願いいたします。

埋まらない寂しさを何で埋めるか
Hさんは「レスペクト=敬意」と教えてくれました。
これは別の言葉で言うと「慈しみ」「信頼」「感謝」という言葉に置き換えてもいいように思います。
多分それらの言葉は「愛」を表現しているものです。
そして、
埋まらない寂しさを何で埋めるか。
友人と合う(一人にならないようにする)
セックスする。
食べる。
コーヒーやアルコール、たばこを吸う
買い物する。
猛烈に仕事する。
このあたりの事を「依存」と言います。
軽ければ気晴らしになったり、その人といい関係になったりするかもしれないですが、
決して埋まることのない寂しさは、決して埋まりません。
そのことを認めずに依存し続けると「依存症」と呼ばれる分野に足を踏み入れてしまいます。
「その行動では決して埋められない」と、どこかではちゃんと分かっているのに、
強迫的に行動し続けてしまいます。
すればするほど、埋まらないもの・寂しさや空虚感は大きくなってゆきます。
辛いです。
埋まらない寂しさを、埋まらないままに抱きしめて、
そして大切な人に「敬意」「感謝」「愛」を送ることができると、
初めて人と人は繋がりの感覚を取り戻すことが出来るのです。
もはやその埋まらないものが存在しないことに気づくのです。
Hさんが経験したような、深い眠りを得ることができるでしょう。
Hさんに出会えた事、こんな話が出来た事、そしてさらに多くの方にお伝え出来ることに感謝します。ありがとうございます。
レスべクトの交換が出来る私になるために「108回音読する元型」
元型インストラクター養成講座
瞑想の基礎
リラクゼーションの練習

ゆずさんから
今朝、何気なくメルマガを読ませてもらいました。
いつもは夜ゆっくりした時にしか読まないのですが。
Hさんからのメールのメルマガです。
実は叔母のことで悩んでいて、やりきれないむなしさや怒りでいっぱいだったんです。
そんなとき、メルマガを読ませてもらって、涙がでてきました。
ああ・・・。
気付かせてもらってありがとうございます。
一言お礼が言いたくてメールさせてもらいました。
ありがとうございました。
なんだか内容が全然まとまっていなくってごめんなさい。
ただ、お礼だけが言いたくて。
いつもありがとうございます。

まさこさんから
いずみ様
こんにちは。
ときどきお買い物させていただいているまさこです。
(今は発酵液入りのマッサージオイルが届くのを楽しみにしています。)
前回のメルマガで思うところがあり、メールしようかとも思っていたのですが、
今回のメルマガでは泣いてしまいました・・・・・
私にとっては大きな気づきがあり、全てが繋がったと思える内容だったのです。
私の母は、去年の秋に交通事故に遭い、今入院しています。
足を骨折したのですが、損傷が激しく、また若くないために
回復も非常にスローペース。
事故に遭った時も、入院当初も、私はさほど深刻に考えず
きっと良くなる!と、よく言えばとっても前向き(というよりお気楽?)
に考えていました。
その頃、恋愛真っ只中だった事もあって、元気でいられたのだと思います。
でも、現実は思ったようには行かないわけで・・・・・
入院も1ヶ月を過ぎ、2ヶ月を過ぎて来た頃、私の慢性的な疲れや保険の手続き、
遅々として回復しない母、これからの治療方針等もあって、
毎日イライラ&悶々とするようになって来ました。
彼氏にちょっと元気付けてもらいたくて
(単純に「よしよし」ってしてもらいたかったんですね)
電話で話していたら、それは、気づくと私達の別れ話になっていました!
頭では、母と恋愛は別だとわかっていても、落ち込み、心がついていきません。
未練だとか寂しさだとか、やりきれない思いに完全に飲み込まれていました。
それでも、母の退院の期日は迫ってきます(90日が限度で追い出されるのです)
あ〜もう、何もかも放り出して、楽になりたい!
そんな時にメルマガが届きました。
泣きました。
一番つらかったのは母なのに・・・・
このことも頭ではわかっていたつもりでした。
でも、やっぱり気持ちは置いてけぼりで、わかっていたつもりであって
わかってなかったのだと。
このメルマガが届く直前、たまたま手にしていたのが「前世ソウルリーディング」
という本で
(今世での自分のカルマを知り、より生きやすくする為には、という内容です)
私の場合、エゴをなくす・周りの人の事を考えると上手くいく
人を助ける事で自信を得るetc とありました。
メルマガを読みながら、うわっと思いましたね(苦笑)
このタイミングでメッセージが来た事、宇宙はうまくまわっているなぁなんて。
全ての人に当てはまるわけではないかもしれませんが、
他者を思いやる時、あるいは無私になる時、その時こそ
相手の中で自分という存在がイキイキと輝きだすのではないかと思います。
ものすごく極端ですが、他者の中で本当の自分を見出す事、それが幸せへの道なのかも・・・
メルマガを読みながら、そんな事を思いました。
とりとめのない、訳のわからない内容で本当に申し訳ないのですが、
このメルマガで、自分の進む方向がわかった事、気持ちが軽くなった事、
ありがとうの気持ちを伝えたくてメールしました。
長文でごめんなさい。
本当にありがとうございます。
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