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 あなたへのメッセージ  「私」を越えた世界へ


最近の脳理論はすごいらしい、という噂が聞こえていて、
では、という事で何冊か本を読んだのですが、

ビックリしました〜
しばらく呆然としていました。
脳みそがひっくり返りそうでした。

と、先週も書きましたが、今週の話題もすごいです。

こ難しい事を書いても読んでもらえない、という気持ちと、
読んで分かってくださる人が少なくても、どうしても一度は書いてみたい、
という気持ちとがここ一ヶ月ほど戦っていました。

で、書くことにしました(^_^)v

この事はまだ十分に私の中で消化されていない部分もあるのですが、
つまり、知ったかぶりの部分も含みつつの、
かなり自己満足な内容かもしれないですが、
お伝えしたいっっっっ

です。

 

現実とは何か


いきなり理屈から入ります。

五感から脳に入ってくる情報をビットという単位を使うのですが、
それが毎秒1100万ビットあるそうです。
そのうち、人が意識している情報は、どのくらいあると思いますか?

実験によると、最高でも40ビットで、
普段の私たちは5ビット前後なのだそうです。
1100万分の5です!!!!

つまり、目が見て耳が聞き、鼻が匂って皮膚が感じた情報の、
よくても100万分の一も意識には上らないのです。
意識に上らなかった情報は、処理されて捨てられたり、
無意識の活動に使われたりしています。

少し前に書きましたが、
心臓が動くのも、肝臓が毒素を分解するのも、
誰かに恋するのも、何かに感動するのも、全て無意識です。
私たちの人生のほとんどは、無意識に動かされているのです。


最初に心理学の勉強を始めた時、「氷山の一角」のたとえ話で
意識と無意識の量の違いの説明を受けました。
水の上に出ている部分はほんのわずかで、ほとんどの部分は水面下にある。
水の上の部分が意識で、水面下が無意識です。
この比率は一万倍とか百万倍とか色々言われていて、
「どうやって計ったのだろう?」といつも疑問だったのですが、
その答えはここにありました。


で、それはいいのですが、1100万ビットの情報のうち、5ビットほどの情報を使って、
それを私たちは「現実」だと感じているわけです。
ほとんどの情報を捨て去って、意識のスポットライトがあたった部分だけを見て、
それが現実だと思っている。

これを本当に「現実」だと言ってもいいのでしょうか?
と私は思ってしまうのですが、
「この世は幻だ」というのは、意味は違うのかもしれませんが、
その通りだと思いませんか。

 

で、念のために書きますが、5ビットでいいんです。
入ってくる1100万ビットを全て意識していたら、
混乱して何も分からなくなってしまうでしょう。
日常生活が不可能になります。
脳は、今の私に本当に必要な情報だけを選んでくれているのです。

 

私たちはたいして見ていない

それとこれも衝撃だったのですが、
私たちがまっすぐ前を見ている時、右端も左端もぼんやりと見えていますよね。
カラーで。
私は今、パソコンに向かって文字を打っているので、視線はパソコンのこの文字の上にあるのですが、右の真横にある壁が白くて、その横の作り付けの食器棚が茶色いのが分かります。
左側には大好きなアラジンのストーブがあって、それはベージュです。

しかし、
目の中の色を感じる細胞は、目の中心に偏って存在していて、
周辺の部分には無いんです。
なので、周辺部分は実は白黒で見えているはずなんです。

私が目で見えたものを正確に知覚しているとしたら、
パソコンの画面とその周辺くらいはカラーだけれど、
それよりも外側にあるものは白黒で見えているはずなんです。

が、私たちは周辺にあるものもカラーで見ていますよね。

それは脳が情報を調整して、色を付けた情報に変更しているからだそうです。
脳は一種のウソを私たちに見せてくれているわけです。
私たちが見たと思っているものは、脳の解釈なんです。

 

そしてついでに書くと、

後頭部の大脳皮質の部分は、第一視覚野と呼ばれる視覚を司る場所で、
この視覚野が網膜から受け取っている情報は、
なんと3%しかないそうです。

網膜を通して目の奥の視神経が見ている情報を100%としたら、
その3%だけを、私たちは知覚しているにすぎないのです。
あとの97%は無意識に使われていて、いわゆる「見える」ことはない情報です。

でも考えてみると、その3%ですら、私たちはろくに見ていないですよね。
何も見ずに、一万円札のデザインを描けますか?
昨日あった友人の髪型や洋服を正確に思い出せますか?

 

私はこの情報は、ちょっとした衝撃でした。
私が見ていると思っているものは、いったい何なんでしょう?

自分で見たものしか信じない、という人もいらっしゃいますよね。
人から聞いた話しとか、人の意見に惑わされずに、
自分の感覚を信じるのは、大正解だ、と私は思っています。
んが。
「自分で確かに見た」ものの正体は、脳が創り上げたイリュージョンなのです。

私が現実だと思っているもの、
私が世界だと思っているものは、
ほとんど全て、脳の解釈にすぎないのです。

現実逃避というのがありますが、
正確に言うと、脳が解釈した一種の妄想・イリュージョンからの逃避であって、
私たちは現実をリアルに感じることは不可能なのです。
もともと、現実からは逃避(?)している状態なのです。

 

 自由意志は存在するのか?

自由意志の実験というものがあります。
被験者の脳波を調べながら、好きな時にボタンを押してもらいます。
すると、ボタンを押そうと意識する脳波が動いて、
それからボタンを押すための筋肉を動かす指令の脳波が動くはずですよね。
自由に好きな時にボタンを押すのですから。

ところが、なんとっっっ

実際には、筋肉を動かす指令の脳波が出てから、
0.5秒も送れて、
ボタンを押そうという意識の脳波が出るのだそうです。

意識が、自由に意志を働かせて何かをするのではなくて、
実は無意識が決めてからその後、意識がそれにつれて立ち上がるんです。
それすら気づかずに、私たちはこれを自分の意志で自由に決めたと思っている。

気づかずに、と書きましたがそうではなく、
脳が情報をそういう風に操作しているのです。
まず自由な意志があって、身体を動かそうとしている、と私たちは錯覚させられています。

私たちを動かしているのは、意識ではなくて無意識なんです。
自由に好きなように何かをしていると思っている時ですら、
私たちは無意識に動かされているだけなのです。

 

「私」は本当に存在するのか?

これ、ちょっと分かりにくいかもしれないですが、
3,000年前の人間には「意識」がなかったそうです。
古代ギリシャの「イーリアス」や「オデュッセイア」を読むと、
内から聞こえる神々の言葉で行動する、人形のような人たちが描かれているそうです。
そして「意識」と「私」という概念は、人類の歴史の中でごく最近になって作られたものであり、
もともと人間に備わったものではないのです。

歴史家の研究によると、「鏡」の発達が「意識」を進歩させたそうです。
鏡を見ることで、私たちは他者からみた自分を意識するようになり、
自分と他人を区別する「意識」が生まれてきたのだそうです。

これはにわかには信じがたい話でした。

意識がなく、神の声に従って生きていた人たちには、
迷うことも、悩むことも、何かを判断することもなかったはずです。
法律も道徳も、行動規範も必要なかったでしょう。

その後、意識が生まれたために、私たちは自分で何かを判断して行動することが要求され、法律や道徳、モーセの十戒などが必要になってきました。

そして「意識=私」の時代がやってきました。
私の好み、
私の意見、
私の感情、
私の痛み、
私の利益、
私の迷い…
そういったものが、「私」というものが存在すると感じさせてくれますね。

「私」はいったい誰なのか、
「私」は何をしたらいいのか、

というアイデンティティを求める質問は、
アイデンティティというものが「作り物」だから必要になってくる問いです。
作り物だから、個人的に作り上げる事が出来ます。

これはメルマガの中で今までも書いてきましたが、
「私は病気だ」と私と病気を=にしてしまうことも可能だし、
「私は○○の能力がある」と私と能力を=にしてしまうことも可能だし、
「私は我が強い」と私とエゴ様を=にしてしまうことも可能です。

そしてそれらは全てウソです。
ここでまたまた「イチゴ大福」の登場ですが、
あなたはイチゴであって、皮でもあんこでもないのですから、
皮やあんこは必要で有益だけれど、イチゴではないです。

 

 

 今まで、そしてこれからの時代は


少しまとめてみます。

3000年以前の人間には「意識」がなかった。
内側に聞こえてくる神の声に従って、ただ行動していた。

それは一人の人間の成長過程で言うと、生まれてから3才までにあたります。
以前、3フェーズ理論というものをご紹介した事があるのですが、
それで言うと、第一フェーズにあたります。

それから「意識」が生まれて、アイデンティティを主張するようになった。
私という個人が存在することが大切になった。

それは一人の人間の成長過程で言うと、3才から6才くらいまででしょうか。

歴史家の研究によると、紀元後500年ごろ、約500年間にわたって、
ふたたび「意識」というものが消滅した時代があったそうです。

それは一人の人間の成長過程で言うと、思春期の前までにあたります。

 

それから再び「意識」「私」の時代になり、
個人の自由、個人の意見、個人の気持ちを認めてゆく時期が20世紀までです。

それは一人の人間の成長過程で言うと、思春期にあたります。
ここまでが、3フェーズ理論で言うと、第二フェーズにあたります。

そして21世紀に生きる私たちは、次の時代を生きようとしています。
第三フェーズを生きる時代に入りました。

 

ここからの文章では、「私」と「自分」を明確に使い分けています。
(ここまでの文章でも意識して使っているのですが、言葉の流れで「私」の意味だけれど「自分」という言葉を使っている部分がありました。)

「私」という言葉は、自意識を持ちエゴ様を持つ私、という意味で使っています。
「自分」という言葉は、○田○子という者の肉体も意識も無意識も魂も含む、存在全体を意味しています。

 

前半で脳のことを少し書きました。
そこから分かった事は、
私たちが現実と思っているものは、脳の創り出す仮想現実だという事と、
私たちは自分自身をコントロールして、
自分を思い通りに動かすことは不可能だ、という事です。
私たちは、自分の主人ではない、という事です。

私たちは、自分自身の主人ではないんです。

自分が、私の思い通りにならないのは、自分を動かしているのは私ではないからです。
第二フェーズの時代には、「私」が自分の主人として君臨しようとしました。
自分をコントロールして、思い通りの自分を創り出そうとしました。
問題解決や、願望達成、夢を叶えたり、潜在意識を開発したり、
それはすべて、私の望む自分、望む未来を創り出したいからですよね。

それらのほとんどは無駄な努力です。
なぜなら、自分を動かしているのは私ではないからです。
自分の主人は、別にいるからです。

これからの時代を生きる私たちが進む道は
私も自分も越えた大いなる存在と繋がる、その繋がりの感覚を大切にしながら、
自分が進もうとしている道をじゃませずに、
私の希望もそこに織り込んで行けるような、そんな生き方です。

それは、
個人としてのユニークな「私」という意識存在を持ちながらも、
「私」を越えた大いなる何者かに屈服して、「私」を手放している存在の仕方です。

それは、
恐怖からではなく、信頼・愛・受容をベースにした生き方です。
痛み、悩み、苦しみさえも受容し、大切にする生き方です。
お気楽で軽い、執着のない生き方です。

「私」を手放してゆくための最大のツールは「108回音読する元型」です。
自分を越えた大いなる存在との繋がりのために「瞑想の基礎」「リラクゼーションの練習」をどうぞ。

 

参考文献
ユーザーイリュージョン―意識という幻想  
進化しすぎた脳 (ブル-バックス)


 ステキなメールをいただきました


美穂さんからいただきました……………………………………………………


いずみ様

またまた衝撃を受けてメールします。

脳理論のメルマガを読みました。
この中に ずっと理解(?)できなかった事についての答えがありました。

例えば、怪我をする時って ちょっと前にわかったりすることです。
うっかりというより わざと・・怪我する方へ体が動いているような感じで・・。

なるほど〜〜!!!そーゆー仕組みだったのですね。
脳理論ってすごい!ですね。

最近 あまりストレスが溜まらなくなってきたのですが・・
どんな時も困らないことに気がついたのです。
探し物が得意になりました。
おまかせするっていう気持ちになると・・ 
次に必要な物や情報が、いろんな形で提示されてたことに気づくことが多いのです。
お金も必要な時に必要な分が入ってくるって実感してから・・
使い方を工夫するだけで良いのかあ・・と 苦しみが激減しました。
(これは叱られそうな気がして 主人には話せません 笑)

これ・・  やっぱり元型の効果だと思うのです。



CIさんから……………………………………………………

いずみさん、こんにちは!

確定申告も終わり張りつめた気が緩んでフヌケ状態になってます(笑)

忙しい時期も いずみさんのメルマガを楽しく、時には頭を抱えつつ読ませていただいてました。
〜「私」を越えた世界へ〜には久しぶりにやられました!
読んでみて わかるような、わからないような、感覚的に読んでた感じです(笑)

でも、このメルマガを読んでホ・オポノポノと重なるものを感じました。
もしかするとホ・オポノポノを理解する基本的な部分ではないかと。(基本的な割には難解だけど^^;)
実はホ・オポノポノの「誰の責任なのか?」を何度か読んだのですが 今ひとつ理解できるような、できないような。。。

でも、いずみさんのメルマガを読んだ後でもう一度「誰の責任なのか?」を読み返したら以前よりスッと入ってきました。
だからって理解できたわけではないけど(^^;)

でも、このタイミングでメルマガを読ませてもらったおかげでホ・オポノポノのセミナーがより深いところまで入っていってくれる気がします。
明日は本物のイハレアカラ・ヒュー・レン博士にお会いできるし、来週はホ・オポノポノをしっかりと勉強できるのが本当に楽しみです♪

確定申告時期も元型カードとにらめっこしてたおかげで いろんな気付きに巡り会うことができました。

特に自分でもビックリしたのが「恥ずかしい」という感覚。

お客さんのことを一番に考える同僚を見て、私ってお客さんより自分のことばかり考えていて、他人への思いやりがないな〜って思うことがありました。
そのうち「思いやりがない」自分を「恥ずかしい」って思い始めたことに気が付きました。
その「恥ずかしい」を味わっていくと「思いやりがない自分」が恥ずかしいのではなく、「同僚によって思いやりがないことに気付かされた」ことが恥ずかしかったんです!!

これって俗にプライドが高いってこと???

私は人より優位に立っていて、教わるなんてもってのほか!人に教えてあげる立場でいなければいけない!
なんか人よりエラソーにしようとしてる自分が見えて すっごくイヤな気持ちになりました。

自分のイヤな部分を見るのってイヤですね〜

でも昔から人より優位に立ちたい、という気持ちは認めたくないけど強かったです。
今にして思えば、そのことが中学時代のイジメにあう原因だったような気がします。
結局イジメられる原因は自分が創っていたんですね〜
う〜ん、とっても納得(笑)

それなのに当時も今もずっと悲劇のヒロインを演じてました。
あっ、もしかしたら悲劇のヒロイン願望も原因のひとつかも(笑)

気付いたことで人より優位に立ちたいクセがすぐに直るとは思わないけど気が付けただけでもよかったと思います。
もしかしたらホ・オポノポノのセミナーが手放すことのサポートをしてくれるかもしれませんね。
そう考えると気が付いたこともセミナーに参加することも偶然のようで必然なんですね〜
う〜ん、現実っておもしろい♪

流し読みしちゃった いずみさんのメルマガも またゆっくり読み返して味わいたいと思います!
 
いつもたくさんの気付きをありがとうございます!


SMさんから……………………………………………………


ところで、メルマガ読みましたよ。
「やっぱり、そういうことか。。。」と思いました。
タイムリーに私には響く内容でした。


最近、友人がわずか2週間で結婚を決め(知り合って2週間です)春分の日に入籍します。
(この速さは極端ですが)このありがちな電撃結婚の話の顛末をきき
「私」が思いを実現させるべく、こざかしくあーだこーだと動いたところで、
結婚相手が見つかり、結婚へたどり着けるものじゃないんだな。。。
「私」ではない、もっと大きな存在の「意志」のようなものを感じる。
だから「私」の個人的な趣味にこだわっても仕方なく
“結婚する”ことは自分で決めても、相手やタイミングはもう委ねるしかないんだな。。。
と、いうような事をぼんやり感じました。


そして。。。今週の占いで、

今週愛が欲しいですか?それともお金が欲しいですか?
どちらとも獲得することは可能です。
でもそのために、愛やお金より上のものを求めてください、
その方がよりよい結果が出るでしょう。。。

という内容で、お金はともかく“愛”よりも上のモノってナニナニナニ!。。。?と、思ったのです。


この二つのことがあってメルマガを読んだら、わかってきたような気がしました。

往々にして「私」の好みを実現させるべく躍起になりますが、
「私欲」のような気持を拾うことより、上が何をさせたがっているのかに注意を払わないといけないんじゃないか?
斎藤一人さんが「仕事に呼ばれる」とよく言いますが、それもそういうことなんじゃないかと。。。


私なりに「私を手放し」「自分のいくべき道を生きるじゃまをしない」に気がつきました。
ただ、私は我が強いので、じゃぁ「私を手放す」ができるかが問題なのですが
今思うに、このカラクリがわかると前ほど難しいものでもないかもしれないと思い始めました。
結局その方が幸せだし、手放さざる得ない状況が起きるんだろうし。
むしろ、何に向かっているのかを感知する方が難しいかもしれませんよね。汗。。。


実は今月末で、今の仕事が契約満了で終了になるのですが
会社勤めがいやでしかたない私は次を探せず、どこに向かえばいいのか教えて下さい!と思いつつ
多忙な毎日をこなすことだけで懸命という状態です。

貯金もないので絶対働かないといけないのに
今日湧き上がってきた思いは。。。
「借金覚悟でいいから、1か月でもいいから勤めに出るのはやめて、□□の準備しよう」
が、出てきました。かなり、どっしりとした感じで。
これが上の意思なのか、自分の我儘か、やはり判断が難しいです。。。


私は脳理論の話とても興味があります、次回も楽しみにしています。
わかりにくい文章かと思いますが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。


 
   

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