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あなたへのメッセージ  「受け取る」ことと「一緒にいる」こと


どんな時に人は癒されるのだろう…
どんな時に人は、人と深い繋がりを体験するのだろう…

と考えていて、思い浮かんだ事があります。

書いてみて、とてつもなく高いレベルの話になってしまいました。
こんな事は、そう簡単にできることではありません。
でも、出来なくてもこういう世界があることを知っていると、
何かが違うかもしれません。


受け取りました


私がカウンセラーとし ての教育分析を受けている時でした。
あるグループワークをしていて、内容は忘れてしまったのですが、参加者の一人が誰にも言う事の出来ない、言ったとしても誰も分かってはくれそうにないし、解決方法もないような事を話した事があります。
その時先生はしばしの沈黙の後、「受け取りました」とだけ言われました。

その言葉が発せられた時の声質、間合い、空気などを再現できたらどんなにいいだろう、と思うのですが…

グループに参加していた全員の心の奥底に「受け取ってもらえたんだ」というある種の感動に近いような何かが起きたと思います。

その「受け取ってもらえた」という体験は、内容が忘れ去れさられた後もいつまでも暖かさを持って私の中に存在しています。

 

それから10年ほどして、自己啓発系のセミナーに行っていた事があります。
そこでもトレーニングを受けたのですが、
そこでは何か困る事や言いたい事があると、誰かに話してクリアリングをする、という習慣がありました。

その時に聞き役になった人は「受け取りました」とだけ言います。

でも、私が教育分析で体験した「受け取りました」とは全く違う質のものでした。
多分そう言っている人もトレーニングを受けているとはいえ、自分自身が本当に受け取ってもらえた、という体験をあまりしていないのだと思います。
そういう「言葉」が「習慣」とか「解決方法」として使われていて、
言われた瞬間にはちょっとした満足感があるのですが、
「そんな言葉一つで片付けるな、この事態をなんとかしてくれ」
という気持ちが湧いてくるのでした。

上記の教育分析での体験では「なんとかしてくれ。解決方法を教えてくれ」という気持ちは全く浮かんできませんでした。

この違いは、どこから来るのでしょうか。


「受け取る」とは


「受け取る」とは、
それが自分自身の意見、習慣、考え、理念と全く違っていても関係なく、
ただ、たった今のその人の全存在を「受け取る」ことです。

受け取って何かを返すことなく、
ただひたすら「受け取り」ます。

どうしても受け取れなくて私が出しているエネルギーが「拒否」とか「批判」なのに、
言葉が「受け取りました」だとしたら、その食い違いがとても気持ちの悪い場を作るでしょう。

受け取るためには、「自分」というものを横に置く必要があります。
言いたいことの全てにストップをかけて、中立の場所でグランディングします。
それが出来ないと受け取れません。
自分の中の矛盾は、相手に瞬時に伝わります。


これは別の言い方をすると、

相手の意見、美醜、貧富、善悪、というような判断の全くない所で、
相手の存在を自分のハートの中に入れること、だとも言えるように思います。

ハートには途方もない広大なスペースがあるのですが、
そこにたった今のありのままの相手を入れる事。

相手と自分とを隔てているものがなくなり、自他の区別さえも定かではなくなり、
「つながり感覚」を体感できる瞬間です。

この時に始めて私たちは相手と「一緒にいる」ことが出来るのだと思います。

 

 

「一緒に居る」こと

表現が繰り返しになりますが 、

相手の好きそうな話題を提供したり、
お茶を飲んで楽しくおしゃべりしたり、
何かの相談に乗ってアドバイスをしたり、
こうしたらいいんじゃないのかな、というような解決方法を提供したり、

という事ではなく、
そういった「何かをする」ことを全く一切せずに、

ただ、相手を丸ごと受け取って、一緒にいる

これもとても難しいです。

何故かって、やってみれば分かります。

沈黙が怖くなって、何かを言いたくなったり、
相手が何かしゃべれば、それについてコメントしたくなるし、
自分の中に湧いてきた連想も話したくなるし、
自分の考えや正しい答えも教えたくなるし、
あるいは、やらなければならない仕事が浮かんできて、
キッチンに行きたくなるし、
電話したくなるし、
掃除したくなるし、
パソコンを開きたくなるし、
買い物に行きたくなるし…

というような事が起きるでしょう。

人は言葉のキャッチボールがしたいし、それが人間関係のコツでしょう?
という意見もありますね。
その通りだと思います。
ただ、私は「癒しと成長」に繋がることにしか興味がありません。
今回のメルマガも、そのための物ですから、そういう視点で受け取ってくださいね。

「一緒にいる」のは、

相手のありのままの現実を受け取って、ただそれとともに「居る」事です。

自分が自分でいるグランディングの感覚を携えたまま、
自分というものを横に置いて、相手の感覚に浸ってみる。

相手の感覚と自分の感覚がどこかで一緒くたになってしまい、
区別がつきにくくなるかもしれません。
そんな状態を共に味わいつつ、何も変えようとせずにじっとしていると、
もしかしたら胸の奥から何かが湧き上がってくるかもしれないです。
それも一緒に感じていると、
仮にそれが言葉の形を取るならば、それを口に出してもいいかもしれないです。
色や形やリズムなどを伴う感覚として現れてくるなら、
それを表現してみてもいいかもしれません。

そんな時に起きてくるのは、問題解決のレベルのものではなく、
化学変化であり、錬金術であり、深い癒しなのだと感じます。


おわりに



冒頭でも書きましたが、これはとてつもなく高いレベルの話です。

でも…
赤ちゃんを産んだ後の母親が、夜中にふと目覚めると、そのとたんに赤ちゃんが泣き出したり、
母乳を飲ませながら、赤ちゃんの顔を無心に眺めて幸せを感じている時、
好きな人と居て、いつのまにか無言で地平線を眺めている時、
激しい言い合いの果てに、ふと憑き物が落ちたようになった時、

多分あなたも体験したことがあるでしょう、その感覚を。

それを忘れないでください。
それこそが、人が癒されて素の自分に戻る変化の入口です。




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