こころの相談室・生きにくさを感じているあなた、大切な人をサポートしたいあなたのために
こころの露天風呂

エナジー心理学〜こころの露天風呂

こころの露天風呂のTOP
 
あなたへのメッセージ
 月曜メルマガ集です
セミナー・ワークショップ
 セミナーのご案内
 セミナーの体験談集
 108回の体験談集
スペース
個人セッション
 カウンセリング
 メールdeカウンセリング
相談事例集
 
企業研修
 
言葉の意味
 
自習室
スペース
アツコ連載
 
統合失調症研究会
 
いずみん語録
 
取材・講演依頼
 
 
 




 自慰に罪悪感を感じています  無料相談事例集


福本いずみ様

はじめまして、RRです。
ホームページを拝見し、無料のカウンセリングをお願いいたします。

自慰に罪悪感を感じています。
医学書や教育書を読みますと、健康な人間なら普通のことであると書かれているのですが、神様の目から見たらやはり罪なのではないかと思っています。
神様の目から見たらやはり罪なのでしょうか?
40代の今は、自慰を行うことはなくなりましたが、若い頃に行ったことが、未だに苦しみの種になっています。

若いときは、1ヶ月に1度位、主にストレスが多いときに行っていました。そして大変後悔して悲嘆にくれました。そして下されるであろう罰に怯えていました。
謹慎すれば少しは罰の力を緩めてくださるだろうと、1週間位の謹慎期間を設け、初対面の人には会わない・新しい場所には行かない等(これは社会生活している以上は無理なのですが)と心で決めるのですが、そのようなことが守りきれるわけは無く、そんな謹慎期間中に初対面の人に会うとパニック状態になります。
この人との関係において将来絶対悪いこと(将来悪い噂がおこるなど)が起こると思ってしまうのです。
その人がどんなに良い人だとわかっても不安に怯え、その人と会うのが苦痛になります。
こんな生活から脱したいのですが、勇気がありません。
よろしくご忠言いただけたらと思います。


RRさん、メールをありがとうございます。

RRさんもよくご存じのように、医学的にも教育的にも、自慰は何の問題もありません。
神様の目から見たら…
人が殺し合いをする事や、この地球を破壊し続けていることすら、
神様から自由として許されている事を考えると、
誰にも迷惑をかけることのない自慰が、罰せられると考えるほうが
難しいように思います。
自慰には、なんの罪も罰もありません。
問題があるとしたら、それを罪だと感じる心のほうですね。

たぶんRRさんも、頭では十分わかっていらっしゃるでしょう。
でも、罰が下されるのでは、という気持ちが消えないのですよね。

 

少し掘り下げてみます。

セックスとは、男女の究極のコミュニケーションというか、
コミュニケーションを超えて一体になる事だと思います。
男性と女性という異質の個体が出会い、我の全くない状態で、
相手を受け入れ、解け合って一体・ワンネスになる。
それは本当に快感です。

神様は人の身体を、セックスを本能的に要求するように作られました。
そうですよね。
性欲はあって普通です。
性欲は、ワンネスへと至る道の一つです。

 

ワンネスという言葉の意味は、おわかりでしょうか?
簡単に説明しますね。

私たちは二分法の考え方で社会を発展させてきました。
右と左、男と女、上と下、聖と俗、昼と夜、0と1…
対立する両極を考えるという方法ですね。

ワンネスとは、右でもあり左でもあるけれど、
右でも左でもない、両方を含んだ全体性のことです。
男でもあり女でもあるけれど、
男でも女でもない、両極性を超えた所にある全体性のことです。
ワンネスとは、私たちの魂のふるさとでの状態のことです。
たぶん私たちの魂は、その状態に戻ることを求めているのだと思います。

ワンネスを別の言葉で表現するとしたら、「愛」だと思います。

 

自慰とは、自分が与えられた身体をよりよく知り、
ワンネスへと向かう道の入り口のようなものです。
だから、どんどんするほうがいいと思います。

そしてRRさんは謹慎されるのですが、その方法は、
「初対面の人には会わない・新しい場所には行かない」というようなものですね。
つまり、人と出会うこと、かかわる事をさけていらっしゃる。

これがとても面白いと思いました。
つまり、自慰というワンネスの入り口は、
究極の一体感、他者と深く深く出会うことを目指しているのですが、
謹慎の方法は、他者と全く出会わないような方向ですね。

みごとにバランスがとれています。

でも、RRさんがおっしゃる通り、社会生活を続けるかぎり、
そのような謹慎は不可能です。
というよりは、人は人と関わりたいものなんです。
人は誰かと深くかかわり、愛し愛され、ワンネスの体験をしたいのです。
それが人間として生まれてくる究極の目的かもしれません。

と、こんな風に考えてゆくと、RRさんの本当のテーマは、
人と深く関わる事へのおそれ、愛し愛される事へのおそれ、
ではないでしょうか?

私たちは、一番欲しいもの、何よりも求めているものを得ることを恐れるのです。
不思議ですね。
でも、そうなんです。

 

RRさんが罪の意識に苦しんだその苦しみの量以上に、
人と深く関わること、愛を体験する事を求め、そして同時に恐れているのではないでしょうか。

そんな事を感じました。








 
   

TOP  SHOP エナジー心理学 お気楽天使 不思議ステキ物語 身体・心・魂 ミュージアム

Privacy & Copyright (C) 2006 Fukumoto-Izumi.com All Rights Reserved.
当サイトで使用しているコンテンツ、画像、体験談、文章、リンク先などの「情報」の無断コピーおよび使用は禁止です。
著作権は、「フェアリーブルー」が有しています。